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浅草
2008.10.25 Sat 00:58
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![]() 撮った記憶が無いのだけども現像されてきたのだから私が取ったことに 間違いは無いんだろうな。 フィルムカメラは現像されて撮った記憶の無い写真とか がでてきてそういうの必死に思い出そうとして 思い出せないそういう面白さもあって好きです。 そういえばヴィレッジヴァンガードの店員やってる友人から 聞いたのですが110フィルムとポラロイドフィルム在庫のみで 販売終了らしいですね。 110フィルム対応のカメラもって無いけど フィルムカメラ好きとしてはこれ以上悲しいことはない ベビーHOLGAもデジタル化だとか。 デジタルとフィルムカメラは別ものとして扱って欲しいのだけれども トイカメラブームも下火だし逃れられない宿命なのだろうか。 せめてブローニーと35mmだけは私が死ぬまで 残っていてほしいんだけども無理な話なんだろうな…。 悲しいといえば今月の美術の窓の特集で 石田徹也が取り上げられていたのだけれども 作家の死というのはなんでこんなに 作品をより深いものにしてしまうのだろうかと不思議に思う。 彼の作風的によりいっそうひきたって感じるのだが これは一種の同情による感情なんだろうか 同情という感覚でそう感じてしまうのなら なんて私は単純な人間なんだろうかな… いやでも同情とかではないのかもしれない。 この感覚はたしか木崎ひろすけ
の死を知って作品を読んだときの感覚と似てる。 なんかこうこの二人の共通点はなんとなく 本能的に死を感じて作品に反映されてるような 儚さを感じる点なのだろうか。 いや私の勝手な主観で申し訳ないんだけども なんだかこの二人は絵という共通点はあれども 作風、媒体が全く違う けどなんか感じるものは同じよう気がする。 くさいこというけどこの二人の生き様を見てると 生きることに理由は無いけど死ぬことには理由がある。 ってよくわからないけどそういう言葉が頭をよぎった。 | ||